2009年11月16日
本来的視触覚価値
商品とは生活の役に立つ道具である。
ならば、商品には使用目的がありそれに応じた使用価値があったはずである。
そして、使用価値の中身は道具本来の機能的価値がまず第一義的に生まれ、
つづいてほぼ同時に肉体との親和性ともいうべき視触覚価値が生まれる。
ちょっと難しいので簡単に言うと、まず「役に立つ」そして「しっくりくる」かどうかで
本来的な製品品質は決定されるということである。値段はその品質感に適当で
あるかどうかを客が判断する。
うまがあっても役立たずはやっぱり役立たずの評価しかえられないし、役に立って
も扱いズらいのも嫌われるのである。いずれにしても値段不相応なら売れない。
そういう意味において、GoogleフォンHT-03Aは本来的視触覚価値においてアイ
フォンよりもすぐれていると思うのだが・・・
いまだ劇団一人以外に利用者に遭遇せず。
何かの本で読んだが日本人の道具というのはこの本来的視触覚価値の部分が、
世界でもぬきんでて進化しているのだそうだ。例えば、夫婦茶碗や湯のみや箸などの
食器類だが、男女の体格差が食器に反映されていることなどは日本人がいかに道具
がしっくり来るかに気を使ってきたかを体現している。
しかしそのすばらしい日本人の知恵はどうやら1000年以上の歴史の中で培われた文化
であって個人の遺伝子レベルに備わっているものではないらしい。
僕にはあのアイフォンの片手で操作できない大きさは耐え難いものなのだが、大多数の
意見は機能価値のみでアイフォンを選択する。一度持って比べたらわかると思うんだけど
なあ。
なんだか話が大げさになってきたけれど・・
ようするに誰かGoogleフォン仲間いませんか?
ならば、商品には使用目的がありそれに応じた使用価値があったはずである。
そして、使用価値の中身は道具本来の機能的価値がまず第一義的に生まれ、
つづいてほぼ同時に肉体との親和性ともいうべき視触覚価値が生まれる。
ちょっと難しいので簡単に言うと、まず「役に立つ」そして「しっくりくる」かどうかで
本来的な製品品質は決定されるということである。値段はその品質感に適当で
あるかどうかを客が判断する。
うまがあっても役立たずはやっぱり役立たずの評価しかえられないし、役に立って
も扱いズらいのも嫌われるのである。いずれにしても値段不相応なら売れない。
そういう意味において、GoogleフォンHT-03Aは本来的視触覚価値においてアイ
フォンよりもすぐれていると思うのだが・・・
いまだ劇団一人以外に利用者に遭遇せず。
何かの本で読んだが日本人の道具というのはこの本来的視触覚価値の部分が、
世界でもぬきんでて進化しているのだそうだ。例えば、夫婦茶碗や湯のみや箸などの
食器類だが、男女の体格差が食器に反映されていることなどは日本人がいかに道具
がしっくり来るかに気を使ってきたかを体現している。
しかしそのすばらしい日本人の知恵はどうやら1000年以上の歴史の中で培われた文化
であって個人の遺伝子レベルに備わっているものではないらしい。
僕にはあのアイフォンの片手で操作できない大きさは耐え難いものなのだが、大多数の
意見は機能価値のみでアイフォンを選択する。一度持って比べたらわかると思うんだけど
なあ。
なんだか話が大げさになってきたけれど・・
ようするに誰かGoogleフォン仲間いませんか?
Posted by なるほど! at 19:08│Comments(1)
│箸休め
この記事へのコメント
タイで、iPhoneの仲間入りしちゃいましたよー笑
日本で使うかまだ分かりませんが、タイのWifi利用で重宝してます
うちのネットワークのM君は、GooglePhoneですよ
日本で使うかまだ分かりませんが、タイのWifi利用で重宝してます
うちのネットワークのM君は、GooglePhoneですよ
Posted by ののの@バンコクから at 2009年11月17日 01:45